三婆を見てレポートを書いた話
こんばんは、七瀬です。
これは、私が授業の課題で原作のある舞台を観に行ってレポートを書きなさい(実際はもう少し複雑な指定がある)という課題で提出した2000字超えのレポートをコピペし、レポートでは書けなかった細かいことを追加して載せています!
自己満です!
頑張ったので良ければ読んでください。
そして、完全に素人が、三婆を4回観劇して、その中で色々考えたものです!!!
舞台系の学校でもありません。
ただの向井担の大学生です。
作品:三婆
劇場:大阪松竹座
原作:深沢七郎ほか(1998)『深沢七郎、水上勉、瀬戸内晴美、曽野綾子、有吉佐和子』小学館 p.880 有吉佐和子「三婆」
原作の有吉佐和子の「三婆」において、武市浩蔵の暮らしと、その没後の本妻、小姓、妾との生活が描かれている。
◯原作との違い
舞台化された「三婆」では、最初のシーンが浩蔵が亡くなったところであったが、原作は浩蔵が金にモノを言わせている場面が最初である。(典型的な成金)
原作では浩蔵は心労で倒れて亡くなっている。しかし、舞台では、浩蔵は神楽坂の妾(駒代)の家で朝ビールを飲んでお風呂に入ったことで高血圧が悪化し亡くなっていた。
それを聞きつけた妹のタキと本妻の松子が神楽坂の家に押し掛けるところから物語は始まる。
原作はそれぞれ3人が同じ土地の独立した家(茶室)に住んでおり、それぞれほとんど交流が無いままで三婆のドタバタした物語が進んでいく。
しかし、舞台化した三婆では、3人が同じ家に住み、3人が交流を持った上でドタバタな物語が進んでいく。
原作において、お花はそこまで焦点が当てられていなかった。女中ということしかなく、原作でも松子の性格に嫌になり辞める。
また、その恋人の八百屋の辰夫なんて、原作にはどこにもいない。完全に舞台でのキャラクターである。
一方で、お花と辰夫の役割を原作で果たしているのが山田夫婦である。
舞台では前金を騙し取られるが、原作でも騙し取られるが、正当な権利があると主張した結局住み着く。三婆を気味悪く感じながら。
若い夫婦で何年か後に三婆達の様子をまた見にくるのもこの山田夫婦である。
また、原作において共同生活を送っている時にタキはほとんど登場しない。
幽霊のような、恐れられている存在である。
◯時間の経過について
舞台ではパンや紅茶、ベット、テレビなどがある。
原作で三婆が共同生活を行なっていたのが終戦後の不景気であったので、舞台版のほうが、時代が少し進んでいるように感じた。
また、最初の浩蔵が無くなる場面、襖や障子の部屋にカーペットやソファが置いてあり、違和感を感じる一方で、時代を感じる。
夏はセミの声、麦茶、うちわ
秋は長袖、ジャケット、落ち葉、東京オリンピック、鳥の声
冬は雪、上着
原作では表現しにくい季節感も表現されていた。特に衣装については、お花の衣装が分かりやすい。当時のトレンドを抑えながらも、半袖やシャツ、長袖、ハイネックなど季節が変わるごとに衣装チェンジが行われていた。
また、これがとても短いスパンだった。
元々、場面展開が、舞台セットが回転したタイミングである。回転中も演技が続けられている。から舞台上で物語が途切れることがない。
そのため、はけたと思ったら、またすぐにでてくる。
個人的にポニーテールをしているお花さん、よ被る系の衣装(ハイネック)を髪型崩さずに着れるな〜と思っていた。あと、松子さんの着物の早着替えも大変だなー
また、3幕では、ボロボロになった門と建物が登場し、20年の年月の長さを感じる。
建物自体の色味も薄い色になり、三婆と重作の衣装や髪の色も薄くなった一方で、
お花はピンクのスーツ、
辰夫はしっかりとしたスーツ、
その娘は黄色いワンピースと、
はっきりした色とで、老いと若さの対比がされていた。
◯舞台で描かれる「老い」について
出演者の服装や舞台セットから考察できた。浩蔵の死を悲しみながらも、最初のシーンで松子は上等な着物で現れる。指輪もバッチリしている。
それに対し駒代は寝間着のような着物で、とても外へ出かけられるような姿ではない。
この時点で、「夫が死んでから法律がみーんな味方してくれる」という発言からもわかるように、本妻松子の方が元気があり、本妻であるという自身に満ちている様子が分かる。
(ちなみにこの表現は原作にもある)
その後49日の後に駒代が本家に表れた際は、上等な着物(濃い色)にちゃんとした髪形、「まだまだこれから」ということを表している。
更に駒代は商売を始めるという。
夏の場面であるため、松子はうちわを仰いでいる一方で、駒代は扇子を使っている。
最初の場面と再会の場面で、2人の立場が明らかに逆転していることがわかる。
(このバチバチの表面下の戦いが私はめっちゃ好きだった。)
原作では、一番最初に妹タキが老け込むが、舞台では、原作に無いキャラクターである、浩蔵の会社の元専務である重作が最初に老ける。
老ける前は、ちゃんとした髪形にスーツ(濃い目の色)、ハキハキとした言動であり、しっかりしている印象である。
しかし2幕で登場したその姿は、白髪、伸びてセットされていない髪、曲がった腰、ゆっくりな動き、ボケと別人かと思うような風貌である。
重作は会社が倒産し、故郷の鳥取に戻ったが娘からの嫌味に耐えられなくなり、東京へと戻ってきた。
原作に無いセリフでも「老い」という問題を表している。
「60歳なんてアッという間」というセリフが2回出てくる。
このセリフは1度は重作とタキの会話の中で、2回目は女中と八百屋にタキが向けて言う。
その他にも「好き好んで歳をとる訳でない」や「若者たちは自分たちだけは年を取らないと思っている」という、「老い」を知らない若者に向けられたセリフがあった。
若者を意識されたセリフである。
若い観客がいるということで成り立つセリフだと私は思った。
だからこそ、辰夫は2度もジャニーズが演じているのではないかと思う。
ジャニーズは若い観客の集客力がある
また、「若さ」も「老い」も経験している三婆たちが言うからこそとても説得感のあるセリフであり、重たく、印象的なセリフであった。
「老い」た三婆たちも、
「旦那様はもういない、自分の為に、自分の着たいものを着るのです」
「自分の為に生きるのです」
というセリフから、老後の生き方について苦悩している様子が分かる。
「若さ」とは、「老い」とは何かということが問われていると感じた。
原作には無い女中と八百屋が結婚するということもあり、その2人と3婆と重作の「若さ」と「老い」の対比が見て取れる。
若い2人のイチャイチャしている様子は結婚は初々しくとても微笑ましい。
それによって、より一層60歳を過ぎた4人の子供じみた行動が滑稽に見える。
◯三幕について
原作でも、舞台でも、20年後にすっかり老け込んでしまった三婆たちがまだ一緒に暮らしているというところで終わる。
しかし、舞台では、それに加え現在の高齢者問題について触れられていた。
舞台では、三婆達が一緒に暮らしているということだけでなく、福祉課の職員が都バスの無料パスや動物園の無料パスを配布しに来る。しかし、実際4人は足が悪く都バスすらも使えない。
原作が書かれた時代は、まだまだ「老い」の問題について深く考えられていなかったと考える。
原作では「老い」た三婆が一緒に寄り添って暮らしているという最後であった。
それだけでも老老介護の問題を考えさせられる。
舞台でも老老介護介護の対策として、「具合が悪くなった時のためのブザー」がある。
しかし、現在では年金問題や介護問題など、高齢者の問題が深刻かつ複雑である。
ただ1人の人間が「老いる」という問題だけではなくなってきている。
老後をどう生きるのか、それを舞台では表されていると考える。
ひとりで生きるのか、地元へ帰るのか、商売を始めるのか、老人ホームに入るのか。
また、重作が娘に追い出されたのも、タキが老人ホームに入る決心をしたことも、市の職員が使いもしない優待券を持ってきたことも、最後に政治家が「高齢者は素晴らしい、老後は豊かに、バラ色」と演説したことも、原作にはない、現在の「老い」の問題だと考える。
そして、政治家の演説は、薄い色の衣装の三婆達にの前では、とても滑稽だった。老後は「バラ色」
どう考えてもバラ色ではない。
◯最後に
この舞台は、辰夫にジャニーズのタレントを起用している舞台であった。
その為観客の半分は若者であった。
私自身、大嫌いで、ずっと追い出そうとしていた2人を追い出すのを辞めてまでも1人になりたくないという松子の気持ちはなんとなくでしか理解できなかったが、年配の方が見たら、全く違った見方ができると思った。
年齢層によって、笑いのポイントも違っていたようで、とても興味深かった。
若い私自身がこの舞台に出会ったことで、「老い」とは何かを考えることになり、高齢者問題について関心が生まれ、政治意識も改めて考えさせられた。そして、祖母や親を大切にしようと思った。
こうした大物俳優を起用し「老い」をテーマにした舞台に若い観客がいるということの重要さを身をもって体感した。
参考文献
松竹(2019)「三婆 筋書」
個人的に今年私の母が還暦を迎えました。
三婆と同じ60歳です。
でも、三婆よりよっぽど元気なんですよね。
仕事もバリバリしている。
祖母が米寿になりました。
全然ボケてないし、畑仕事はするし、
よっぽど三幕の三婆より元気なんですよね。
人生「バラ色」なんですかね?
滝沢歌舞伎に行ったり、体調不良で結構休んでいましたが、無事にこの授業で1番いい評価を貰いました。
私が観劇した4回は、康二くんのお誕生日公演からの4公演でした。
25歳のお祝いをしている傍でこんなことしていました。
毎回、たっちゃんに悶えながらも、物語に涙しながらも、めちゃめちゃ真剣に考えていました。真面目でしょ。
でも、やっぱり年齢差のある客席の光景はすごかった。
年齢差のある人達が一緒に同じ舞台を見ている。
康二くんが起用されているのは、やっぱりやっぱり私はそこだと思います。
三婆という舞台、とても好きになりました。
内容も、キャストの皆さんも、
三婆に連れてきてくれた康二くん。本当にありがとう。